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葬式は家族葬か直葬で構わないと、最近思うようになってきました。

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    知り合いの範囲内だけだから、ほぼ愛知県というか名古屋近辺というか

     

    葬式のことなんですが、親の葬式や自分たち世代の葬式も簡単に家族葬とか

     

    極端だけど直葬とかが、7割くらいになってきたと聞きます。

     


    お墓も要らないし、ましてや戒名も要らないし、骨は海や川や樹木に撒いて

     

    もらって構わないという人が多くなってきているのは事実だと思います。

     


    田舎の大きな家ですと、庭に小さな石が20〜30個も立ててあることがあります。

     

    1人1個づつの墓石です。

     

    お寺にある我が家の墓石の後ろにも、小さな墓石が集めてあります。

     

    前の墓石に集合しましたとして、捨てちゃおうかなと思います。

     

    (家族葬)


    良く奥さんが、旦那と同じ墓に入るのは嫌だとか言います。

     

    まあ、どこかに撒いてもらうか、自分一人用のお墓を作れば良いのだと思います。

     

    無理に同じ墓に骨を入れてもらう事もないでしょう。

     


    死んだ人の焼いた骨に、死んだ人の意識が入っている訳でもなく、単なるカルシウムですし。

     


    お寺の墓石に何代もの人の骨を集めだしたのは、何時ごろからなのでしょう?

     

    偉い人は一人で大きな墓を作ってもらっているようで、雑多に集められてはいないと思います。

     


    なんだか、意味のないことをしていると気づいた罰当たり(お坊さんのセリフ)な人たちは

     

    お墓も要らないことに気づきだしてきましたが、リベラルを称す文化人や共産党の策略でしょうか?

     

    年に一度、子供たちや孫たちを集めて墓参りをすると、一族だという認識は高まる効能があります。

     

    そういう装置としてのお墓は便利な道具だとは思います。

     


    意味は良く判らないけれど、ご先祖様ありがとうと言わせるのは、

     

    年上の人を敬う気持ちを醸成するのに良い教育かもしれません。

     

    年上の人を敬わない社会はとても嫌です。

     


    お年寄り(私の事ですが)を大切にしましょう。

     

    お年寄り(私の事)を見かけたら、親切にしてあげましょう。

     

    また遠慮することなく、お小遣いもあげましょう。

     


    さて、ご先祖様は尊敬に値するのか?有難うと言えるほどの人だったか?

     

    これは大いに疑問です。自分を見ていれば判ります。

     

    ご先祖も、この程度だったろうなと推測が出来ます。

     


    酒を飲んで、同じ事を何度も言って「酒飲みはキライ」と言われていたご先祖も沢山いたでしょう。

     

    または、浮気して家にあまり帰って来ない奴も大勢いたでしょう。

     

    村中の人と喧嘩して揉めてばかりいた奴もきっといたはずです。

     

    ほぼ、ろくでなしばかりと推測されます。

     


    自分がご先祖のコピーなので、自分の持っている要素を一つ一つ開いていけば良く判ります。

     

    なのでどうしてもご先祖を尊敬したり有難がったりする事が出来ません。

     

    家系に人物と言われた人はゼロです。

     

    なのでお墓に参っても有難みはゼロです。

     

    ただ、昔からお墓があるから行くだけです。

     


    なんか意味があるのか?ですが、家族の気持ちが分散しないよう残してはあります。

     

    まあ、あまり深く考えない方が良いかと思います。

     


    深く考えると、あらゆる宗教はウソだと判ってしまいますから。

     

    今はお寺も本当はいらないのですが、何か頼るものが欲しいのが人間です。

     

    究極の状況で人間が頼るのは、神様とか仏様などしかありません。

     

    なのでウソでも何か頼る装置があった方が良いのかもしれません。

     

    (海へ散骨)


    でも葬式は家族葬で構わないなと思います。

     

    全く故人と会ったこともない人たちに義理で集まってもらっても、

     

    遺族に良い顔をする為に来ただけで意味のない事だと思います。

     

    費用も安いですしね。

     


    私が小さい頃は、村の焼き場で死体を焼いていましたので匂いが漂い、今日は焼いているな

     

    と判ったものです。当番の村人が1昼夜か2昼夜か知りませんが、交代で火の番をします。

     

    そして家では白黒の幕を張って「喪中」の札を貼ります。

     

    近所の人たちが集まって、ご飯の支度や何やら大騒ぎで男衆は酒を飲みたくって

     

    酒屋からどんどん酒を運ばせます。

     


    3日くらいかかっていたでしょうか。3日くらい近所の人たちは仕事を休みます。

     

    そのうち、葬儀屋さんが式場を作って近所の人たちの労力の代行をしてくれました。

     

    これは便利だと言って、みな葬儀場で葬式をするようになりましたが、葬儀代の高さに

     

    閉口していました。

     

    しかし、だんだん葬儀場の言いなりになって高いお金を払うことに疑問を持ち出しました。

     

    そして今は家族葬に移行しだしている状態です。

     

    時代時代によって何事も変わっていくのが自然な流れだと思います。

     

    あと、あの戒名って一体何でしょうか? あれが自分の事だと判る死人がいるのでしょうか?

     

    とても不思議です。 私は死んでもいらないです。 

     

     

     

     

     

     

     


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